キッキ、歴史と格闘する

「聖徳太子と聖武天皇の区別がつかない」
キッキのそのセリフがきっかけでした。
ランドセルから出したテストは65点。
聖徳太子と聖武天皇が並んで出てる。
キッキの理解は真逆で、時代の流れも無茶苦茶。

何でこうなるんだろ、と教科書を開いてびっくり。
教科書では、聖武天皇の方が、聖徳太子より先に出てくるのです。

飛鳥・奈良の単元で、まず大仏建立が大きく出ている。
数ページに渡って、作り方なんかも詳しく出てる。
そして、ページをめくると、「その150年ほど前・・」
と、聖徳太子の話に遡るのです。

分かりにくーい!

これでは、キッキが歴史嫌いになってしまう。
それでなくても、キッキの最大の弱点は記憶力。
特に名詞には極端に弱いのです。
人の名前とか、物の名前とかまず覚えられない。
どうやって、克服させよう。

やっぱり小学校時代、社会が不得意分野だった私。
その後「ベルサイユのばら」や「日出処天子」等
少女マンガ時代劇に出会いちょっぴり克服しました。

そんな記憶からキッキにもまんがを与えようと思いましたが
市販の歴史学習漫画は文字が多くキッキには無理。

ええい、自分で書いちゃえ。

ということで、キッキの似顔絵に飛鳥時代の官女の服を着せてみる。
「かわいい~、これ、うち?」
思い通り、食いつきはばっちしでした。

大学ノートに書きなぐり漫画。
1時代、見開き2ページ程度ですが、下調べは思った以上に大変。
担任の先生、社会の授業つまんないなんて言ってごめんなさい。
教えるって、大変なのね。

持統天皇が13歳で、天武天皇に嫁いでいるのに目を着け
このあたりの話は、ドラマ仕立てにしました。
13歳の鵜野讃良皇女(後の持統天皇)と11歳のキッキが出会うところから始まります。
これは大成功でした。
キッキ、すっかり持統天皇とお友達気分。

飛鳥時代までの漫画を読ませて数日が経ち
次、奈良時代の下調べの最中のこと。
百人一首のページを開いたら最初に天智天皇の名前が出ていました。
「あっ、この人!」

知り合いか!?
とつっこみたくなる勢いでキッキ指さします。

「ねぇ、ねぇ、『うの』は?」
うのとは鵜野讃良皇女(うののさららのひめみこ)に
キッキが親しみやすいようつけた愛称。
これだよ、持統天皇の句ものってるよ。
「あっ、ホントだ。うのってすご~い」

思い通りの展開にほくそ笑む私。
歴史の登場人物に感情移入できれば、
この先歴史嫌いになるのだけは避けられるはず。

「誰?『うの』って」と、パパが首をつっこんだ。

おっと(駄洒落?)、これはチャンス。
これまでの学習の成果をパパに見せてやろう。
ほら、パパにうののこと紹介してごらん。

「ええっ、う~んとね、う~んとね。
誰かの子供」

・・・・・。
いや、それはそうだが、誰の?

「・・聖徳太子?」

・・・・・うう、まだ混乱してるか!?。
聖徳太子の子はどうなったんだっけ。

「あっ、殺されたんだ」

誰に?

「入鹿」

いいぞ、いいぞ、思い出してきたね。
入鹿はその後どうなったの

「殺された」

誰に?

「鎌ちゃん」

そっちに来たか。
しかもここで名前を略さないで欲しい。

「それと、もう一人。
首切った方の人」

う・・・
私の絵、乙巳の変のシーン。
首切ってるように見えた?

「そうだ、ナカノオーエ」

だから、略すなって。

「あっ、中大兄皇子だ。
うのは中大兄皇子の子供だ」

そうそう、いいぞ。
で、うのは大きくなって何になったの?

「ママ」

違う、違う、その後!
ほら、名前が変わったでしょ。
さっきも百人一首で見たじゃない。
天皇になったんだよ。
何とか天皇。

「・・・・しょ・・・・・聖武天皇????」

・・・・・・振り出しに戻る・・・・・・




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